写真記録 1123 浅草
およそコミティアぐらいの人出だったが、外国人観光客がいない浅草というのは如何にもヘンテコで面白い。
空模様こそ浮かなかったものの、「二度と無い機会かも知れない」という共通認識のもと、カフェでの休憩を挿みつつも結局4時間半くらい、会社の先輩とカメラを握っていた。あとアニメとか今日のコミティアとか仕事場とかの話。
90mm(換算135mm)F2を貸してもらったりした。
望遠らしい望遠を触るのは初めてなのだが、凄く手に馴染む。たぶん俺はポートレートに向いているのだと思う。
あと、これまで色や光を集めることばかりに腐心していたきらいがあるが、生活感、人々の暮らしの息吹を再現すべく温度や薫りを練るのだったらこういう暗さもかなり良いな、とファインダーを覗いた瞬間に気付いて撮った。
これからもこういう感覚は大事にしたい。
どこへ行っても都会のギークなステッカー群が好きで撮ってしまう。
ついでに後ろをぼかすのにも便利だし。
生活感なんだよなあ~。「ケ」なんだよなあ~。
春m3に向けて今俺主体で作っているアルバムは、生活感と死生観がテーマです
隅田川の欄干にとまるカモメ。このときは35mmをつけていたので結構逃げられないギリギリまで近づいた。
夜の仲見世。シャッタースピード低めでも手ブレあんまり起こさずに撮る方法を自分の中で確立できてきた。
通行人がかなり良い味だしとる。
浅草寺の敷地の西端に沿うように走る、マジで明日地球滅びるから皆で酒でも飲み明かそうやみたいな世界観で賑わう飲み屋通りの一角。
作為的なノスタルジーはただのエンタメなので普段好まないんだが、たまにはいいよね。
やっぱ望遠欲しいなあ。
90mmF2か56mmF1.2、半年以内には買おう。
ずっと小粋でいたいんじゃなかったのかよ
寂しさに負けそうになって、明日が怖くて、それでも優しさを振り絞っていくんじゃなかったのかよ
生き方が分からない。
自立しているし、友達は多い方。自分の長所にも短所にもほとんど自覚的だ。
20代の間、即ちあと5年の間は、まあ目先の楽しいこととかやりたいことをこなして生きていくんだと思う。色々と悩みはあってもなんだかんだ。
でも30歳になっても自分が生きてる未来が全く想像つかない。
そう考えていたところに、津野米咲が29歳で自殺したというニュースが流れてきた。
社会に出て、歳の近い年上の人々との交流が増えた。
だから、30歳を迎えた程度では容姿や思考や体力の限界値が大して鈍らないのは知っている。お手軽な趣味で溢れ返っている世の中だから、それを糧になんとなく生きていけるのも知っている。
でも本当に大切なものは確実に減っていく。もう少し正確に言うと、本当に大切なもの・ことの順番が分からなくなって、だんだんと自分から遠ざかっていく。それはやがて白い靄みたいなものになって身を包み、視界がどんどん悪くなる故、自分から手を伸ばすのも難しい。
そうなると、人は限界値を目指さなくなる。本来ならまだ鈍っていなくても、結果として鈍る。
俺はたぶんそれでは駄目だ。
常に寿命を削るように限界の力を出し続けることにはほとほと疲れたからもう辞めると決めたけど、それでもいざというタイミングで限界に手を伸ばせないようではやっぱり生きてる意味が無い。
ていうか、所謂"普通の幸せ"ってそういう風に手に入れるのだと思う。本能的にいつか限界値を目指せなくなることを知っていて、本能的に、他意は無く、良い意味で、保険をかけておくんだろうな、もっとずっと前から。
俺はずっと音楽にのめり込み過ぎていて気付かなかったよ。
学生時代をもっともっと丁寧に過ごして、自分にとっても相手にとっても取り敢えずその時だけでも互いに一番大切だと思える存在を見つけて守るべきだったという思いばかりが募る日々。
社会に出てからの3か月間は言うならば全く予期してなかったロスタイムで、それこそ死ぬ気で守り抜くべきだったんだろうな。
それこそあれですよ、あの頃、見事に「大切」の順番が分からなくなってた。
社会不適合者の烙印を大学3年まで捺され続けてとにかく怖かったものだから、いざ社会に出てみたら色んな人たちが仲良くしてくれてすっごく嬉しかったんですよね。本当に何年ぶりか、一番まともだった頃の自分に戻れた感覚があって、技術的な面で頼られるのも誇らしかったし、何より他愛もない会話で毎日笑えてるのがこの上なく幸せで。
だから全部大切にしたくて、順番を間違えた。というか、順番を付けたくなかった。
でも、やなぎなぎの『芽ぐみの雨』に「何もかも大切なのに捨てる順番を考えるのは何故?」って歌詞がありますよね。嫌でも順番は付けなきゃいけなかったんですよ。
やっぱり残酷さで満ちてるよなあ、この世界。
まだ俺はギリギリ、ほんとにギリギリ、寂しさに負けそうになって、明日が怖くて、それでも優しさを振り絞っているつもりだけど。
津野米咲は29歳で寂しさに負けた。『KOIKI』の歌詞には、本当に何度救われてきたか分からないほどなのに。それほどのものを創りあげる人なのに。
ますます、俺もどこで事切れるか分からなくなってしまった。
いま作詞諸々で携わってるとある曲は、色んな要素を詰め込んではいるんだけど本質的には大きく捉えると「死」をテーマにしています。
これを創り終えたとき、自分の中で何か死生観が変わるだろうか......。分からない。
マリオ35で絶対ドン勝獲ろうな(低ランク帯向け解説)
とりあえず初日30分くらいやったら割と安定して勝てる立ち回りを見つけたので、備忘録的に。
ただこれ、精々1-1~2-4くらいまでしか出ない低ランク帯でしか通用しないと思います。でも絶対獲ろうな。
- 大まかな勝ち方の流れ
- 潜る前にキノコ食っておく
- 1-1の土管のコインは絶対取っておく
- 1-2のワープ土管で1-2をループする
- 1-1, 1-2以外の面に飛ばされてしまった場合の対応
- 最後の一人が2-4のリフトに頭ぶつけてドン勝が確定した瞬間を捉えました。ウケる。
大まかな勝ち方の流れ
潜る前にキノコ食っておく
→ 1-1:絶対コイン20枚取っておく + ファイア状態を維持してゴールする
→ (分岐a) 1-2:甲羅転がしてタイム稼ぐ + ファイア状態を維持してワープ土管で再び1-2へ ワープ土管ガチャで1-2が引けなかったら分岐bへ
→ (分岐b) 1-2以外:アイテムガチャを抱えたまま死なない + 気合いでゴールして1-2が引けることをひたすら祈る
→ 基本的には分岐aで1-2ループをひたすら繰り返す(ことを祈る)
→ ドン勝(ドンショウ)
潜る前にキノコ食っておく
実はマッチングする前から勝負は始まっています。
希望コース選択画面の右端で、開始時のマリオのパワーアップ状態を指定できます。こんなの使わない手はないのでじゃんじゃん使いましょう。ちなみに僕は初ドン勝取るまで全くこの機能に気が付きませんでした。
それぞれ表示されている枚数のコインを消費します。1回のバトルで、よっぽどのショボ死でもなければ100コインは貰える感じなので20コインくらいはくれてやりましょう。
大抵のコースはスタート直後にパワーアップ用ハテナブロックが設置されているので、キノコで充分です。
なんとこれによって、1-1の最初のクリボーで死ななくなる。
同じバトロワ系ゲームでもPUBGやテトリス99とは異なり、開始数秒でBボタンを押すタイミングを少しでも間違っただけで即リタイアとなり得ます。この狂気を乗り越えるだけでドン勝への道は大きく開かれる。絶対獲ろうな。
1-1の土管のコインは絶対取っておく
普段マリオやるときコインわざわざ取るの意識する人ってたぶんあんまりいないでしょう。安定して8-4までクリアできるオタクでもない限り。まあ普通に考えて、100枚集めてようやく1UPなのに対して配置されてるコインが少なすぎる。面倒くささが勝るのは当然と言えます。
ところがマリオ35は違います。20枚集めるごとに1回アイテムガチャ引けます。
左上のマリオカートみたいなやつです。各パワーアップアイテムとPOWブロックのうちどれかが出ます。
中盤以降はアホみたいにオジャマ敵送られてくるので、ピンチのときにガチャ引ける財力すら無かったらリアルに詰みます。逆に言えば高々20枚で様々な苦境を覆し得ます。という訳でコインはなるべく集めましょう。
ブロックや敵の配置を見るに、基本的にはコンシューマ版準拠みたいです。1-1のいつもの土管入ると、以下のようにいつもの光景が広がっています。しめて19枚。これに加えて、テキトーなコイン用ハテナブロックを1個叩いて20枚にしてから1-1を出るのが第一の目標です。
1-2にも入れる土管がありますよね。ここは全部で30枚です。
1-1と違って大して画面すっ飛ばせる訳ではない(=時間切れが怖くなってくる)ので割とお好みな部分はありますが、たぶんですけど土管内はオジャマ含め敵出ない仕様っぽいので、逃げ道として捉えておくのもかなりアリです。
1-2のワープ土管で1-2をループする
見出しの通りです。コンシューマ版準拠っぽいけどたぶん壁抜けはできないようになっていると思いますが、リフト乗っていつも通り天井走ってくとワープゾーンがあります。
ここで、通常のスーパーマリオブラザーズでは有り得ませんが、ワープ先は低ランク帯なら1-1~2-4辺りから"今いる面も含め"ランダムで選ばれるっぽいです。ちなみに3個の土管それぞれに対してこれは独立事象として適用されるみたいで、3つのうち最低でも1つが1-2である可能性はそれなりに高いです。
1-2は、敵を倒すことによる残り時間稼ぎ, コイン稼ぎともに非常に有用なステージです。落下死の心配もあまりありません。更に、再びラストの土管手前まで辿り着けば何度でもワープゾーンに突入できます。基本的にはこれの繰り返しを狙っていきましょう。
ただし長期戦にもつれこむと、以下のようなケースで分岐bへの移行を余儀なくされる場面も少なくありません。
とは言え通常ゴールすると恐らく完全ランダムで訳の分からん面に突然飛ばされるこのゲームにおいて、そもそも面が選べるというだけで奇跡なんです。
1-3(空中面)や2-3(水中面)に行くくらいなら死んだ方がマシ(理由は後述)なので、この場合は1-1を選びましょう。
1-1, 1-2以外の面に飛ばされてしまった場合の対応
前項の通り、1-2ループの外に放り出され、分岐aを抜けてしまうケースは少なくありません。基本的には絶望ですが、然るべき対応を考えていればなんとかならないこともありません。そうしてゴールを繰り返しているうちにまた1-2に戻ればいいだけの話です。
以下に、各面の対応を記します。
・1-3
空中面。
1-1 ~ 2-4の中で最大の絶望です。ここ引いたら負けだと思ってください。
ただでさえ初心者に立ちはだかる最初の壁なのに、マリオ35の慣性は初代マリオのそれと異なるので初代マリオで身に着けた感覚がまるで通用しません。足場が少ないので、ジャンプが出なかったり、うまく速度が出ていない状態でジャンプを出したりしたら大抵問答無用で死にます。
加えて、残り時間を稼ぐため, そしてライフを守るための最大の武器であるところのファイアフラワーがまるで機能しないステージ設計となっています。
とにかくここを引いてしまったとき安全にクリアできる程度の残り時間を常に持っておく意識が大切です。残り時間が無かったら、全力でアイテムガチャでスター引きにいって走ってください。それはそれで速度の乗り方が変わるので死ねますが。。。
マジでこのくらいしか対応がありません。
・1-4
クッパ面。
ファイアバー+オジャマ敵ラッシュは見た目かなりいかついですが、ファイアを維持してれば意外となんとかなります。クッパが吐いてくる炎は結構どうしようもないので、やばそうならアイテムガチャをきちんと使っていきましょう。
・2-1
陸上面。
変な構造をしていますが基本的に落下死は無いので、とにかくファイアの維持を心掛けてください。
・2-2
特筆すべきことはありませんが、ファイアの維持は心掛けてください。
・2-3
水中面。
中盤以降はオジャマでゲッソーが山のように出てくるのでマジで絶望ですが、ファイアで一匹ずつ冷静に倒していけないこともないです。マリオの位置の制御が難しいので、残り時間が無いときはアイテムガチャでスターとかを積極的に引きにいくのも手です。
初代通りの仕様なので、海溝の吸い込みには充分な注意を払って魂の連打を放ってください。逆にそれさえ注意すれば落下死は絶対に無いのが良心的です。
・2-4
クッパ面。
中盤にやたら短いリフトがあって、乗れなかったら即死です。
そこだけ気を付ければ1-4と同じなので気合いで乗り越えてください。
最後の一人が2-4のリフトに頭ぶつけてドン勝が確定した瞬間を捉えました。ウケる。
僕も僕で2-1に飛ばされて分岐aを抜けていますが、ファイアを維持できているのでマリオの表情にも確かな余裕が見えます。
結局は操作スキルがモノを言いますが、本稿で解説したような立ち回りが重要であることもまた明らかです。
ドン勝、絶対獲ろうな。
映画『ドロステのはてで僕ら』観てきた
皆さんは、自分の未来って知りたいですか。てか知ってますか。
僕は知らないし、知りたくもないですね。何故かと言うと、予測はできるとしても予知は絶対にできないからこそそこに感情や思考が生まれるから。
というのは半分で、もう半分は自分の未来とか将来ってやっぱり漠然とした不安が付き纏うじゃないですか。あんま考えたくないですよね、そんだけです。
ところで、ヨーロッパ企画って劇団知ってますか。知ってる前提で話進めていいですか。一応説明しますか。
上田誠って名前聞けばまあ聞き覚えのある方がいるかも。オタクの皆さん的には『四畳半神話大系』シリーズ構成、『夜は短し歩けよ乙女』脚本、『ペンギン・ハイウェイ』脚本辺りが馴染み深いはずです。要するに......あーシリーズ構成、シリーズ構成ね、シリーズ構成ってのは総作画監督の脚本版だと思っといてください。各話脚本もやってます。とにかく要するに森見登美彦と縁がある脚本家で、劇作家でもあって、そういう人が主宰している京都のすげー有名な演劇集団です。
その劇団が、映画を作ったんです。長編で。
分かります?上田誠を原案・脚本に起用して劇場大作が撮られたとか、キャストをヨーロッパ企画の劇団員で固めて変わった芝居の映画が撮られたとかじゃなくて、ほぼ劇団内完結で、低予算でありながら長編映画が撮られたんですよ。
企画からセット、キャスト、撮影方法に至るまで確かに理論上は低予算で実現可能ではある、けれどもこの劇団じゃなきゃ絶対実現できないアイデア(仕掛け)の一本勝負。面白くない訳がない。
しかもヨーロッパ企画って、まーあ徹底して喜劇を描くんですよ。ついでに、上田誠は物語を引っ張っていくSF的な仕掛けとして「時」の概念にすごく拘る。この辺については監督を本広克行が務めた名作『サマータイムマシン・ブルース』を観るのが手っ取り早いでしょう。プライムビデオにあるし、映画好きを自称する人間なら大抵観てるので話も共有しやすいですよ。あと地味に劇伴がHALFBYなので音楽オタクに観させても面白いかも。余談ですが本広克行、本作のパンフにがっつりコメント寄せてましたね。
話が逸れましたが、要するに僕が観ない訳がなかった訳です。
じゃあドロステ効果って知ってますか。これは全然知らない。なるほど。
ざっくり言えば鏡の中に映ってる反対側の鏡の中に映ってる反対側の鏡の中に映ってる反対側の鏡の中に映ってる反対側の鏡の中に映ってる反対側の鏡の中に......みたいな、再帰的な視覚効果のやつ。
そんなに難しいことでも珍しいことでもなくて、インターネット配信の文化追っかけてる人なら時々目にするんじゃないかな。再帰の感覚を知りたいだけならテキストベースでも全然。「衒学的」とか「バズワード」みたいな言葉を知ってれば......まあそれはさておき。
ある日突然、なんでか知らないけどそこに2分の時差が発生して未来が見えちゃったらどうなるのか、っていう。導入としてはそういう映画です。
言って最初は"2分先の未来と対話ができる"ってだけで主人公を取り巻く仲間たちは大はしゃぎで、スクラッチの当たりの場所を過去の自分に教えるとかしょうもない手品を披露するとか、そんな他愛も無いことで盛り上がったりして。
ひとしきりやって、「でも2分先が分かる程度じゃこんなもんか~」と熱も冷めてきた頃に、頭の切れるキャラクターがドロステ効果を応用して、もっと先の未来まで見れることに気付いちゃう。このSF的な大仕掛けがやっぱり大きな見所のひとつ。
そんでまた大はしゃぎ。とある理由から未来を覗くことを厭う主人公を除いて。そんなに先まで見れるんなら、ってことで無邪気にも街へ繰り出していったりしちゃう。
ここまでの会話劇が本当にヨーロッパ企画らしくてすっごく楽しいんですよ。だいたいみんな明るくて無邪気で、キャラが濃いのなんのって。いやだからそれは演劇の文法だろ笑ってくらい大袈裟な演技がだんだんクセになってくる。往々にして、創作物ってこういう手癖的な部分にこそ大きな見所が宿ると思うんですよね。そうそうこういうの、こういうのが観たくてこの人たちの作品を観に来てるんだよ、みたいな。
さて、ここであまり気乗りせず単身でメインの舞台に居座り続けている主人公に急展開が訪れる。色んな意味で。
主人公も含め登場人物全員、奥の奥の奥の奥の...画面、すなわち2n分(nは任意の整数)後かの未来で何が起こっているのかなんてあんまり気にしてなかった訳ですが、理論上無限に未来が見えてしまう機構を生み出してしまった時点で、物語的にこれはもう何か良くないことが起きるに決まってる。なんかこう、時空の歪みが指数関数的に増大して、、、みたいな感じで。
案の定一気に息の詰まるような展開が顔を見せ始め、物語は佳境へと。
ここからは完全に重大なネタバレになるのでほぼ伏せますが、たぶん普通の映画だったらずっと息詰まりっぱなしの解決編がもうほんと笑えちゃうくらいにご都合主義で、泣けちゃうくらいにどこまでも喜劇で。
そしてなんやかんやあって大団円~......かと思いきや、幾つかの問題点は「まあ、時間が解決してくれるでしょ」的な感じで放置されて、案外素朴な感じでラストシーンを迎えるんですよね。個人的にこのラストシーンの会話が一番好きだった。
ほとんどのカットが長回しで撮られてるので、特に終盤は演者の疲れとか安心みたいなものがかなりダイレクトに伝わってくるんですよ。それがラストシーンの一言一句とだいたい共鳴してて、そんな状態から発せられる主人公の一言こそが本作の本質を鋭く捉えているように思えた。
未来は不安になるからあんまり目を向けたくなくて、何かしたいんだけど今の自分に何ができるのか分からなくて、ぼんやりと逡巡している僕らのような若者の在り方を肯定してくれる、優しくて良い映画でした。
科学的考証とかをやりだすとまあここおかしいだろって部分はあるっちゃあるんですけどそんなことどうでもよくて、「(例えば低予算みたいな)限られた条件下で良い作品を創るために、想いを伝えるために、自分ならどうするか」を考えることが創作の本質だと思ってるので、いち創作者としても凄く元気と希望を貰ったなあ。
ついでに一緒に観に行った友達と下北沢で一番美味いスープカレーを食べて、お互い翌日仕事あるのに終電まで飲んで帰りました。でもこういうのでいいんだよ。
終
写真記録 0828と日記
ここやべー。鶴見川と矢上川の合流地点。
夕方が一番良いらしいのでまた来たい。
多摩川の花火、今年も見れなかったね
そんなことある?
「あっ!プロデューサーさん!」
「なんだ、あさひ」
「カニがいるんすよ!暗いから、ライト点けてほしいっす!」
「こんなところにカニがいる訳ないだろ」
「でもいるんすよ〜!早くライト点けるっす〜!」
とか言って友達とギャーギャーはしゃぎながら撮ったので、手ブレがひどい。
輝きの向こう側へ...(全然知らずにいつも通ってたんですけど、ここからもうちょっと先に進むとTHE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!の聖地です)
<日記>
阿部厳一朗がさやかちゃんの版権を描いたと聞き駆け足でメガミマガジン10月号を買いに行った、というのはどんなに脚色を粧しても友達と待ち合わせをした昨日の話で、それから12時間喋って200km自転車漕いだ。
僕がまともに6時台の外気を浴びるなんてのはまったく数年ぶりのことで、木漏れ日が一々眩しい朝の公園は、人と水と鳥と草木の息吹でこんなにも暖かいのだと知った。
さっき起きて、今から川崎チネチッタに劇場版SHIROBAKOの再上映を観に行こうと思ってたんだが、サイト見たら満席だったので二度寝る。
写真記録 0814(キャプション付き)
FUJIFILM X-T2, XF35mm F1.4
箱根行ってきた。箱根って何撮ればいいんだろうと思ってたけど、意外と食い出がある。撮る対象を見つける能力が上がってきたということでもあるのかも知れない。
旅行が終わって早速会社の先輩の家に行って撮った写真を添削してもらうと、概ね好評だったので良しとした。お世辞でも良くない物に良いとは言わない先輩なので。
ただ、全体を通して中距離単焦点レンズの弱点が目立った。のは撮っていてずっと感じていたので、理論の部分が氷解してすっきりした。「今度アキバ行って、広角レンズ探しやな」という話に。
取り急ぎ、18mmのF2とかかなー。性能の割にずば抜けて安いし。
これとか色と構図自体は良いのに、明らかに画角足りてなかったよね。ちなみにこれでも頑張って広く取った方で、35mmでこれ以上画角取ろうとすると線路から撮影することになって死にます。
山田尚子が撮りそうなレイアウト。今回撮った中で一番気に入っている。
「良いね~~!...(凝視)あーでもここ飛んじゃってるから、もう少し絞っても良かったかも」
「いや、これ実は結構色々試した結果なんですよ。構図はここ歩いた瞬間に決まってたんですけど、夏の茹だるような空気感を出すために水の温度感というか、粘度を練りたくて。。。なんというか、要するに見たまんまの視覚情報のみを写真に落とし込むんじゃなくて、その時の五感全てを表現することを目指したいんですよ、たぶん僕は」
「なるほど、でもそれは険しい道になりそうやな~。普通に慣れるまででも1年くらいはかかるからゆっくりでいいと思うよ」
「これも気に入ってはいるんですけど、画角もっと欲しかったんですよね」
「いや...!(凝視)この写真はこれで良い気がする。まあでも広角にすれば上に空間取れるから実際やっぱ広角かな」
改めてみるとフィルムっぽい趣きがあって良い気がする。
露骨に俺が好きそうなごちゃっとした都市風景。
これも広角を試したいところではあるんだけど、35mm(実質的には52.5mmくらい)だからこそ大通りの対岸からちょうどこの画角が取れたのであって、例えば画角広く取ってみて気に入らなくてこのくらいの画角を試したくなったとき、車通りの多い往来の中央辺りに立たなければならないため死にます。単焦点に拘りたいなら最低2種類はレンズ持ち歩くべきってことなのかも知れない。
こういうのはF1.4で被写界深度ガッと浅くできるレンズの強みが出てる。
でもこれもうちょっと絞った方がいいね。紫陽花の白が飛び過ぎてる。
白の扱いって本当に難しいので、植物はみんなこれくらいの色はついててほしい。まあそう思ったからこそ甲羅を獲得したのかも知れん。連中は俺に撮られるために、陸上で自然淘汰されてきた訳じゃない。。。。
水が好きで、よく撮ります。
これは山道にあった全然用途が分からない水。
以上。
ビューティフル・ドリーマー(you'll see the shiny up rainbow with me!)
"and your memories will be a lot of melodies" なんて軽い冗談だった、いつも答えは227の項目!
うそ嘘。かつてこんな詞を書いて、この世界の真理も神秘も、僕の気持ちも君の気持ちも、夢の在り処でさえも全部分かった瞬間がありまして。
『ぶらどらぶ』と『ビューティフル・ドリーマー』で、押井守は『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』を再演します。詳しくは後述。監督の本広克行にとっては、大学のサークルの等身大を描いた傑作『サマータイムマシン・ブルース』の再演になることでしょう。
それってすっごく面白そうじゃないですか。楽しみじゃないですか。嬉しいじゃないですか。ショウ・マスト・ゴー・オンなんですよ。神様がまた明日を創るなら、終わらない旅の幕は永遠に降ろさせないんですよ!!
それで、この記事を書きたかったのは、主演の小川紗良のコメントを読んで、その『rainbow』みに衝撃を受けたからです。以下引用。
"大学時代、サークルで映画を撮っていた私にとっては、あの頃を追体験するような日々でした。映画サークルって、色々な珍事件が起きるんですよ。データが飛んだり、お金が尽きたり、機材が壊れたり、しょうもないことで喧嘩したり、色恋沙汰がもつれたり。それでも映画を撮りたい気持ちは突っ走って、かぐや姫もドン引きな無理難題を言ってみたり。部室には余計なものがいっぱいあって、3留くらいしてる先輩が昼寝してる。”伝説のOB”はいつまでもサークルにはびこって、ああだこうだと言ってくる。本当に、映画サークルって変。
それでも、サークル活動や映画撮影の在り方が変わり果ててしまった今となっては、あの変な日々も懐かしく思えたり。2020年、思いがけずこの映画は「癒し」になるかもしれません。
人と人との距離の近さが生む珍事件たちに、ぜひ心をふっと緩ませてみてください。
夢みる人、そしてかつて夢みた人に、届きますように。"
"and your memories will be a lot of melodies, you'll see the shiny up rainbow with little smile" なんだよなあ。。。。。。分かりますか?皆さん。"and your memories will be a lot of melodies, you'll see the shiny up rainbow with little smile" なんですよ、要するに!!僕らの住むこの世界では。
そもそも文体が僕と近過ぎてびっくりしますね。たぶん摂取してきた創作物や人間の心にかなり重なる部分があるんだと思います。
さて、時は遡り、押井守がなんかしでかすらしい、と映研出身の友達が凄く嬉しそうにこの記事のURLを送ってきたんですよ。
言うまでもなく『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』のセルフオマージュが込められたこのタイトル、やはり柳沼和良による同様の衝動的行為(アニメ『ネト充のススメ』最終話サブタイトル『月夜の晩に』)を思い出しますよね。思い出しませんか?思い出しませんか......。でもオタクなら『月夜の晩に』、『月夜の晩に2』、それから『不思議なホタルの物語原画集』くらいは持っててもいいんじゃないかなー、ってちょっと思いますよ。
まあいいや。要は再演です、再演なんですよ。全部。
強い衝動、強い感動、強い夢、強い気持ち、強い愛、みたいな大切なものは、何遍繰り返し擦って伝えたっていいんですよ、本来。
これはどうしても創る側に立ってみないと分からないことだと言わせてほしいんですけど、まあどれだけ心を砕いて言葉を尽くしたって、一撃で受け取り手全員に伝わることって絶対ないんですよ。悲しいけど、無論仕方ない。だって娯楽であるのも一面の真実だから。
だからこそ例えば邦ロックの文脈では"似たような曲調"とか"似たような歌詞"が乱造されるんですよ。それはぜんっぜん悪いことじゃなくて、むしろ擦られ過ぎた受け取り手が飽きるくらいで丁度いい。その時ようやく、僕らは世界のかたちを変える魔法の詠唱を止めてもいいんです。
ただ、表現媒体としてのコストが低い音楽だからこそこの方策は実現できたけど、アニメ史においては本当に限られた数人の監督にしか許されなかった。
でももう、いいんじゃないかって。あらゆるアニメ表現がやり尽くされた今、ロートルクリエイターの夢を、最後まで繰り返させてあげてもいいんじゃないかって、たぶんそういう流れなんですよ。
『ぶらどらぶ』と『ビューティフル・ドリーマー』で、押井守は『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』を再演します。監督の本広克行にとっては、大学のサークルの等身大を描いた傑作『サマータイムマシン・ブルース』の再演になることでしょう。
それってすっごく面白そうじゃないですか。楽しみじゃないですか。嬉しいじゃないですか。ショウ・マスト・ゴー・オンなんですよ。神様がまた明日を創るなら、終わらない旅の幕は永遠に降ろさせないんですよ!!
大切なことだから、2回言いました。2回言いましたよ。
でも要するにこれくらいが丁度いいんだよってことです。