絵、音楽

また、いつかどこかで。

僕の人生という物語の暗幕が、夜の帳のように音もせず下りていく。

 

結局のところ、笑えちゃうくらい、絶対に報われないように神さまに仕組まれてるみたいです。

 

予てから言っていたように、『rainbow』は僕の半生の全てでした。

眼前に広がる言葉の海から極めて慎重に普遍性の剪定を行い、「記憶や思い出、感動の結晶たる音楽の回生の連鎖」を表現した。

無論、それはこの曲の本質に他なりません。ただし、本質が一つとは限らない。

 

一見にして平易で普遍的な言葉たちの裏には、僕が過ごしたあらゆる一瞬と紐付く糸が隠されていました。

今思えば笑えるほどだった、辛くて悲しいことも、

死ぬほど嬉しくて泣いてしまったようなことも、

全てあの曲に詰めた。

 

 

さて、今回、そんな『rainbow』を泣くほど気に入ってくれて、かつ僕の大きな憧れであった人たちと一緒にアルバムを作る機会が訪れました。

しかしそれは頓挫した。

色々な原因が考えられますが、今回のアルバムの締め切りがギリギリになった原因の元は僕にあります。

もともと春に延期するかもって話で膠着状態だったものを、僕が『rainbow』の流れからどうしても今年で一旦、創作活動に、果ては自身の半生にケジメを付けたい、という理由で無理を言って再始動させた節はやはりあります。

 

まあつまるところ、やっぱり僕という人間の半生なんてのはその程度で、皆さんの買い被りが過ぎていた、ということでしょう。

 

それでも、ギリギリの締め切りくらい軽く蹴散らす程の熱量を込めたつもりだった。自信もあった。

しかし結果が伴っていない以上、これは僕の驕りに過ぎなかったということです。

 

その上、こういった事態に陥ったとき、僕は一生立ち直れなくなって、全部嫌になって作詞を辞めるとか言い出すきらいがある。

病態は悪化の一途を辿り、身寄りが無い上に、どうしても報われない、という感情が全身を支配して制御できない。

いずれにしても、やはり皆さんは僕を買い被り過ぎていた。

 

 

ただ、なんだかんだで悪くない人生ではあったんじゃないかな、とは思ってます。ほんとです。

 

楽しかった、本当に楽しかったんだ。

夢を詰め込んだ分だけ重くなる鞄は、諦めた分だけ軽くなるはずなのに、背負ってみると何故か前よりしんどくて。

 

偶然が幾重にも重なって作詞という形で創作活動に携わることになってから一年間、憧れの人に歌ってもらえることになって、一緒に凄く喜んだ。自身の言語感覚といちから見つめ合って、言葉を紡ぐことについて深く深く考えた。友人にも凄く恵まれた。人生で初めて恋をして、彼女がいたことはあっても恋愛感情を抱いたのはまったく初めてのことで、人間について、人生について、本当に深く深く考えた。

 

そして僕は『rainbow』で、真理の一端に触れた。

こんな体験は、一生に一度あるかないかだろう。

 

自身の生理から、言葉たちが滾々と淀み無く湧き出てくる感覚があった。自分のこころが、聴き手のこころが、言葉たちの息吹が、全部分かった。

 

気が付くと歌詞を書き終えて仮歌を吹き込んでいた。

心臓の大きな脈動が聞こえる。

仮歌の再生ボタンを押してから約2分間、僕は震えが止まらなかった。

僕は泣いていた。

 

この世界の、全てが分かった。

 

 

あなた達の絶望の淵には、きっと誰かがいます。

あなた達の記憶は、折に触れてカラフルな音として回生します。

そしてそのとき、あなた達の目の前には、とても綺麗な虹がかかっていることでしょう。

 

微笑みと共に。

 

そこにもう僕はいませんが、これだけは保証します。

 

 

......もう、涙で視界が滲んでまともにキーボードも叩けないみたいです。

僕の人生は今日で幕を閉じます。

明日から、皆さんの日常生活の中に、僕の姿はありません。

記憶。皆さんの記憶のどこかに、僕がいた痕跡が遺っていたら、それ以上のことはないです。

 

あんまり未練がましいのもみっともないので、この辺りで。 

 

最後に、僕が生涯で一番好きな曲を貼ります。

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玉葱 / ピノキオP

 

涙は全部が たまねぎのせい
笑顔は ヤバイきのこのせい
気分が悪いのは毒電波のせい
なんでも何かのせいだね

ゴキブリ嫌いは遺伝子のせい
お化け嫌いは生きてるせい
世界が終わるのは みんなのせいで
私のせいじゃないんだよ
はじめはそんな決めつけなんて
あやふやなものだった
だけど正しいと思い込んでしまったんだ

 

いじめのきっかけはお笑いのせい
犯罪はネットやゲームのせい
頭が悪いのはマンガのせいで
なんでも何かのせいだね

 

なんとなく仲間はずれになるのは
正しすぎる決め付けのせい?
涙がふと零れ落ちたけれど
これもたまねぎのせいかな

 

ひとりぼっちになってしまったのは
意地悪な神様のせい
そんな私がもし どこかへ消えたら
君は涙を流すかな
それはほんとの涙かな
ららるららるらららららら
もしやたまねぎの涙かな

 

 


それではみなさん、本当にさようなら。

 

いつかどこかでまた出会えたら、人はそれを『奇跡』と呼ぶのでしょう。